天上の海・掌中の星

    “闇夜に嗤(わら)う 漆黒の。” A
 




          




 ゾロとサンジに仕事が振られると、その間だけお守りがいなくなって無防備になってしまうルフィの傍らには、サンジの使い魔のトナカイ魔獣、小さな直立トナカイさんが“見張り 兼 伝信係”として呼び立てられる。
「えっ?えっ? 俺か? 俺のことか?」
 丸まるチックにデフォルメされてはいても、一応は枝分かれした立派な角が、その途中から出してある緋色の山高帽子も愛らしく。褐色の毛並みがもこもこと柔らかい、人間なら幼児くらいの大きさの、縫いぐるみみたいな小さな使い魔くんが、場外から聞こえた声にあたふたキョロキョロ落ち着きなく首を回すのへ、
「どした? チョッパー。」
「あ、や…。な、何でもないぞ、このヤロがっ。」
 何ぞ、得体の知れないものへ極端な警戒をしているように思われたくはなかったか。…正にその通りだったには違いないけど
(笑)、だからこその虚勢を張って。そうじゃないんだと胸を張る判りやすさが、
「そか。何でもないならいい。」
 こっちはこっちでそこまでは伝わってなかったりする他愛の無さよ。
(う〜ん) 可愛い子同士の“お留守番”組二人、ゾロとサンジというお兄さんズが出掛けていって、さてとてと。ちょこっと久しくも間が空いてた逢瀬だったので、そっちではどうしてたとあれこれ話が沸いたけれど。日付が変わろうかという頃合いが近づけば…お日様電池で動いているとの噂も高い、天真爛漫ルフィ坊やの方が、眠さに負けてか目許をこすり始めたりもし。
「しょうがねぇな。」
 これだからお子様はよと。一端の言いようをして、二階の子供部屋までを送ってってあげたりもするチョッパーだったりし。
「何だよう。」
 同じような“可愛いお子様”属性同士なのにね、何でそんな、お兄さんみたいなんだようと。眠さもあってのぐずり口調で言い返すルフィだったりもするのだが。現に全然眠くなさそうなトナカイさんであるのだから、これはもうもう軍配はチョッパーの方へと上がっており。
「俺は夜の生き物だからな。」
 陰体は基本的には肉体疲労ってものがあまりなく、よって、よほどの精神的な疲弊がなければ、夜だからという条件だけで眠くはならないんだと。何だかちょっぴり言葉不足な言い回しにての説明で諭しつつも、頬を膨らましたルフィをベッドに寝かせ、さあネンネだと掛け布団の上から小さな蹄でポンポンと叩いてやって。文句を言ってもやはり睡魔には負けるのか、やがては瞼が重くなり、ふにゃいと何やら呟きもって、眠りに入ったのを見届ける。

  “へへへぇ。俺ってば、ルフィの兄ちゃんみたいだな。”

 お元気で怖いもの知らずのルフィ。いつぞやなんて、修練場の広い谷を埋めるほどだった それはそれは大きな神獣の龍に追われてたのに、何でだか凄っごい楽しそうに逃げていた。こんな小さいのに、まだ十分子供なのに、チョッパーよりもちょこっとだけ勇敢かもしれない男の子であり、時にはそこが悔しいなと思わないでもないのだが、
“でもな。結界さえ物ともしないような邪妖に狙われないようにって、俺がついててやんないと いけないんだものなvv”
 まったくしょうがない奴だよなと、それは嬉しそうに寝顔を見やった彼でもあって。

  『なんだったら天聖世界で預かってても良いんだけれどもね。』

 殻器のある人間でありながら、そのままで意識世界である天聖界に来ることも可能なルフィ。なればこそ、障壁を越えるための途轍もない咒を唱えたりっていう面倒はない身なんだし、あたしももっと頻繁に逢いたいことだしと。天水宮の天使長であるナミさんが、そんな風に言ってくれてもいたのだが、いちいちそれというのも結構煩わしいこと。それに今では、ゾロが傍らから離れていても彼を守るのだろう強力なアイテム…というか“要素”も増えたことだし。それにそれに…チョッパーの頑張りも大したものなのでと、そっちのお誘いへは、サンジが直々にお断りを入れているのだそうで。
“よっし、頑張るぞ。”
 桜の花びらのような小さな蹄を胸元に寄せ、決意も新たに子供部屋を後にする。今夜のゾロやサンジたちのお仕事は、相手が手ごわいということはないのだが、ちょっぴり長丁場になるかも…と言われており、
“階下
したに降りてテレビでも観てようかな。それとも、そうそう、ルフィに貸してもらったゲームでもしてよっか?”
 ところどころに落とし穴が空いてる迷路を刻んだ小さな小箱。それを両手で持って、密封されてる中、やっぱり小さな銀玉をゴールまで渡らせるバランスゲームを貸してもらった。これがなかなかに難しく、ゾロやサンジは途中でついつい咒を使いそうになったほどで、
“ま、あの二人は何といっても気が短いから。”
 それが命にかかわる仕事中の緊迫へなら、きっちりと粘り強さを発揮もするのに。もしかしたらそれへの反動なのか、日頃日中の日常茶飯事へは嘘みたいに簡単に“だ〜〜〜っ”とか言ってすぐにも投げ出すことが結構あるから困りもの。
“…でもでもサンジは、俺が眠れないって言うとずっとずっと傍にいてくれたよなvv”
 陰体はあまり眠らないけれど、子供の場合は話が別で。天炎宮のくれはさんのところにいた頃に引き合わされた、聖封一族宗家の御曹司は。利かん気な腕白そうに見せながら…実は心根の優しい子だったから。二度目の聖魔戦争の最中にくれはさんに収容された、角の片方が根元から折れてた、小さなトナカイの魔物の子供を、そりゃあ可哀想にと心配してくれ、暇が出来るといつもいつも、顔を見るためだけに天巌宮からわざわざ通って来てくれて。凶悪な魔物から逃げ惑う大人たちに揉みくちゃにされて、それで負った怪我の後遺症ですっかりと怯え切っていて。食べ物も水も受け付けなかったチョッパーに、根気よく付き合ってくれて。くれはさんが呆れたほどに山ほどの焼き菓子やケーキを作って来ては、それを“美味しいぞ”と差し出して話しかけてくれたっけ。
“ゾロだって、ルフィのことでなら もんの凄いしぶとさで絶対諦めないし。”
 チョッパーが知ってるだけでも山ほどの、そりゃあ恐ろしい邪妖や魔物が小さなルフィ目がけて襲い来た。腕白でおおらかで、いつも元気で…それからあのね? とっても優しいルフィだから。誰にもそこに居ることに気づいてもらえない霊体が、可哀想だって思ってたらしくて。それで見て見ぬ振りしないで、話しかけたりしてやってたんだって。でも、それってホントはいけないことだ。本来向かうべき所がある連中なのに、その“旅立ち”が出来ない未練を…弱い心をますます増幅させちゃうから。そんな間違いを、でも日頃のゾロだったら自分の管轄じゃないからって放っときかねなかったのが…どういう加減か放っておけず。そこから始まったお付き合いであり、試練でもあって。でもね? ますます大変になったのにゾロってば、これまで見たことがないほど幸せそうなお顔になるの。ルフィのこと、そりゃあ優しいお顔で見てるの。
“判りやすい奴だよな、まったくよっvv”
 うくくvvとほころぶ口許を蹄で押さえ、さあさ階下へ降りましょと短い廊下を進みかかったトナカイさんだったが、

  ――― あれれぇ、と。

 不意に、誰かから呼ばれでもしたかのように、周囲をキョロキョロと見回し始める。照明は落とした薄暗い空間。夜目の利くチョッパーにはさして不自由はないのだが、そしてそして、何にも不審なものは居ないのだが、
“何だろ?”
 とゆうか、何でだろうか。妙に毛並みがぞわぞわと騒いで止まない。目に見えるもの、見えないもの。どっちへの感度も高い方。草食動物系の用心深さと感応力と、それから…サンジにもらった特別な力と。本当は修行が必要な、この陽世界へと来られるようにっていう強い耐性と、こっちの世界でも邪妖の気配を察知出来るようにっていう探知の力と。存分に発揮出来ますようにって、折れた角を接いだ銀のリングへ、ずっと継続する咒をかけてもらったからね。それが察知した何かだってことだけど、
“…訝
おかしいな。”
 確かにその感知の力、ゲインを上げてはもらったけどもね。正体がここまで判らないっていうのは初めてだ。せめて輪郭とか大きさとか、どっちからする気配かとか、そういうのも判ってた。なのに、今感じてる気配はあまりに得体が知れなくて。
“害のないものは察知しないはずなのに。”
 そんな自分だと改めて確認しちゃったくらい。だとしたなら、この気配は“良からぬもの”か“危険なもの”である筈だのに。正体の方が全然判らないなんてこと、これまでにはなかったことだったから。

  「〜〜〜〜っ。ひぃ〜〜〜っ。」

 どうしよ、どうしよ。何だか判らないのが怖いよう。廊下をとたとた、行ったり来たり。サンジたちはまだ当分は戻って来ないし、大変なお仕事を執行中の身なんだから、よっぽどのことじゃあない限り、呼んではいけないってのも判ってる。事実、どんな何かを察知したのか、全く判らないの。目に見えて“危険”とは判ってない、何とも微妙な気配なの。こういう時はどうしたら良いの?

  「…ちょっぱー?」
  「ひゃ〜〜〜〜っっ!!」

 唐突にかけられたお声へ“どっひゃあ〜〜〜っっ”と飛び上がり、廊下の端っこまで駆けてってから。そぉっと元居たところへ視線を戻せば、子供部屋のドアが開いている。
「どした?」
「あ…。」
 瞼が半分降りたままな、何ともぬぼ〜っとしたお顔で、ルフィが外まで出て来ており、
「あっあっ。ご、ごめんなっ、起こしたか?」
 そうだった。ルフィも感応力は高いんだったと思い出す。何か感じ取ったその上で、チョッパーもとたとたと落ち着きなくいたの、届いちゃったに違いない。
「うるさかったか? ななな、何でもないから、あのさっ。」
 慌てておりますというのが丸出しの仕草で両手をぶんぶんと振り回しつつ、もっかい寝直ししなと駆け寄れば、

  「…じゃあおいで。」
  「はい?」

 駆け寄ったチョッパーをむぎゅっとばかり。少し腰をかがめて捕まえてしまい、ふかふかな毛並みの小さな背中を“いい子いい子”と撫でてくれて。
「何か知らないけど、何か落ち着けないんだろ?」
「う、うん…。」
「だったら、一緒に寝よう。」
 にぱっと笑い、そのまま回れ右。赤ちゃんを抱っこするよに、懐ろにトナカイさんを抱えたまんまでベッドまで戻るルフィであり、
「チョッパーは俺よか敏感だから。寝てたって何か来たら判るんだろ? だったら、寝てたってだいじょーぶvv」
「…ルフィ?」
 よっこらせと上ったベッド。二人のおチビさんの重みで僅かほど沈んだ、ふかふかなお布団の真ん中に埋もれて。何だかもっと うんと小さな子供が、お気に入りの縫いぐるみを抱っこして寝直すみたいな案配にて。さあさ寝ましょうという流れへ、為す術ないまま持ってかれちゃったみたいであり。

  “…う〜んと?”

 さっきはチョッパーがしてあげたのにね。羽毛布団の上から、ルフィの手がぽふぽふと、チョッパーのこと軽く叩いて落ち着かせてる。
「おやすみな?」
「あ、おおお、おうっ。」
 間近になった体温が温
ぬくとくて。すぐにもゆるやかなリズムで刻まれ始めた寝息が穏やかで。ほんのついさっきまでは何でだかおたおたしていた筈なのに、そんな動揺さえ姿をひそめて、今は影もなく。

  “…凄げぇ〜〜〜〜。”

 ルフィってば大物だよな〜〜〜。何かに気づいたけど、気にすんなって思ったんだ。正体が判らないことへは、あたふたなんてしないんだ。確かにあのね? 迫ってくる気配じゃないの。やっと落ち着けたから今は判る。得体の知れない何かには違いないけれど、ここは素通りしてどっか別のところへ行こうとしてるってこと。そんなもんに慌ててどうすんだって、そういうことなんだなって、判ったと同時、一気に安心もしたチョッパーは、そのまま坊やの懐ろに収まって、やれやれと溜息つきつつ素直に瞼を降ろしたのであった。………って、おいおい、見張りは?
(笑)









←BACKTOPNEXT→***


  *さぁて、一体何が起こりますやら。